夢を実現し、成功へとともに歩む

初めまして、株式会社ドリームサクセス代表取締役の中村です。

ドリームサクセスという会社名の由来は、

『これから開業する人の夢(ドリーム)を実現し、成功(サクセス)へとともに歩む』

という意味を込めてこの名前にしました。

 

ここでは、私という人間がどういう人間なのかを書いていこうと思います。

興味のない方は遠慮なくスルーしてください。

自分で言うのもなんですが、山あり谷ありそれなりに色々な経験をしてきました。

そんな経験の中で私が最も大切にしているのが【ご縁】です。

 

江戸時代、徳川幕府260年を影で支えてきたと言われる柳生家の家訓で、

小才は、縁に出合って縁に気づかず。
中才は、縁に気づいて縁を活かさず。
大才は、袖すり合うた縁をも活かす。

というものがあります。

 

小才は縁に出会ったことすら気づかない。

中才はせっかく縁に気づいてもそれを活かさない。

大才は道ですれ違う際袖が触れ合う程度の縁も活かす。

私自身、本当にこのご縁に支えられてきました。

たくさんのご縁がなければ今の私はありません。

そんな私のストーリーです。

北海道のビッグマン誕生、そしてイジメられっ子

1979年1月に4,000gを超えるビッグベビーとして生まれる。

父親が身長190cmと同年代(生きていれば71歳)ではかなり大きい方で、しっかりとその遺伝子を受け継ぐ。

ちなみに、私自身も現在は190cmオーバー。遺伝はすごいです(笑)

生まれも育ちも北海道。

父親は公務員で母親はパート主婦という平凡な家庭で育ちます。

 

小中学校は地元の学校に通い、ごくごく普通の学生生活を送れると思っていたが、実際は違いました。

生まれたときからビッグマンで、その後すくすくと成長し、小学校では常に背の順番に並ぶと一番後ろ。

中学に入ると成長期を迎えさらに身長も伸ます。が、目立つと年上から目をつけられていじめられるのは世の常なのか。

中学時代はバスケ部に入部したが、そこで見事に上級生からのイジメに合うようになりました。

おそらく、よく漫画で描かれているイジメは一通り受けてきたと思います。

ジャージを破られる、靴にがびょう、自転車のサドルを捨てられる、後ろから突然蹴られる、上履きがトイレに捨てられる、無視、水をかけられる、理由もなく殴られる・・・・・・

イジメる側ってほとんど記憶に残っていないようだけれどもイジメられる側は些細な事もしっかりと覚えている。もう20年以上前のことだけれども、今でも鮮明に覚えています。

上級生がイジメをするターゲットって同級生からも無視されるんですよね。仲良くしてたら自分もイジメられる側になるってわかっているから。

なので、中学の1年生2年生はとにかく学校に行くのがイヤでつらい日々でした。

ただ、我ながらよく乗り切ったと思います。イジメられていることなんて親に相談もできず、友達にも相談できず、一人で抱え込み、2年間を乗り切ったわけなので。

で、この頃中学生ながらに考えていたことがあります。

 

『もしこのまま先輩たちと同じ高校に行くと高校もずっとイジメられる。それだけはイヤだ。だから、先輩たちが絶対に行かないであろう高校に進学しなければ・・・』

 

そう思った私はがむしゃらに勉強をしました。高校は先輩たちが頑張っても手が届かない進学校に進むために。

そして、卒業時、私は先輩たちが誰も行っていない高校に進むことができました。

その後、高校・大学と順調に進学し、なんとか大学を卒業することができました。

人生のメンターに出会う

そして社会人。

いくつかの会社を渡り歩き、私は「株式会社リクルート」という会社に入社します。

当時のリクルートは地方採用組は3年間の有期雇用契約でした。つまり、3年間働くと自動的に追い出される仕組みだったんです(途中からもう3年入れるようになりましたが・・・)。

入社したときは24歳。

超就職氷河期と言われていた頃だったので、わずか3年でキャリアを磨かなければ3年後(27歳)の再就職はかなりハードルが高いというのは理解していました。

そのため、私は入社間もない時に下にある

【ライフプラン】

を作成しました。

私のライフプラン

 

メンターの一言

死ぬ時を最終ゴールとしてそれまでの間、遠い未来から今の自分に落とし込んでいつまでに何をするかを具体的に書いたものです。

このライフプランを作るきっかけを与えてくれたのが当時の直属の上司でした。

そして、この人が人生のメンターとなったんです。

この方は、私が入社してすぐに飲んでいる席でこんなことを教えてくれました。

『いいか、中村。

ここに居られるのはたった3年間。

その間に自分が何をしたいかを見つけなければいけない。

人生ですべての人に唯一平等に与えられている資産が【時間】だ。

アメリカ大統領だろうが、総理大臣だろうが、俺も中村も、公園のベンチで過ごしている人も、誰でも平等に与えられている。

1日24時間の過ごし方によって、裕福にもなれるし、貧乏にもなれる。

これからの3年間の過ごし方で3年後にはすごい差が生まれるし、そこから先の人生もガラッと変わる。

だから、今から自分の人生で何をしたいのか、そのためにこの3年間をどう過ごすのか今から真剣に考えておけよ。』

 

この言葉で私はライフプランを作ろうと決めました。

で、今、紆余曲折はあるもののおおよそこのライフプラン通りにきています。

 

あの言葉がなかったら起業は絶対にしなかったし、きっとダラダラとした毎日を過ごすサラリーマンになっていたと思います。

メンターとは今でも年に数回会っていて、会うたびにこれからの方向性を示してくれています。

本当に感謝しています。

「3年後には独立します!」

リクルートに入社して2年半が経った頃、地元札幌の独立系経営コンサルティング会社からリクナビを通してスカウトメールが来ました。

ライフプランに「27歳で経営コンサルティング会社に就職し、経営を学ぶ」と書いていたので、ドンピシャのタイミングでのスカウトメール。

二つ返事で私はこのコンサルティング会社に就職しました。

入社の面接時、私は面接をしてくれた当時の会長に対してこんなことを言ったのを覚えています。

 

「私は3年後には独立したいと思っています。なので、御社で3年間修行をさせていただき、3年後には独立します。それでもよろしければ採用してください」

 

今思い返すと、若気の至りというか、よくこんなこと言ったもんだと思います(笑)

そんな若造を採用してくれた会社に感謝です。

恩返しは必要ない!

今の私の生きるテーマは

「次世代への恩送り」

です。

 

これは、経営コンサルタント時代に出逢った方々に教えられてきたことです。

当時、私は主に「美容室」のコンサルティングをしていました。

 

まだ20代で駆け出しのコンサルタント。

ある時、コンサルティング先の美容師オーナーからこんなことを言われました。

『うちは最初中村さんの会社の代表が話していたセミナーに参加してコンサルティングを受けようと思ったんだ。

そして、最初の頃は代表の方が実際にコンサルティングをしてくれていたけど、いつの間にか中村さんに代わってたよね。

気を悪くしないで聞いてほしいんだけど、正直、今の中村さんには経営指導するノウハウはないと思う。実際、うちも今はまだそれを中村さんに期待していないんだよね。

だから、これからうちをモデルにしてもいいから、1日でも早く一人前のコンサルタントになってほしいんだ。そして、うちの成長を常に横で支える存在になって欲しい。

そのために、うちができることがあれば何でもするし、時には文句も言う。それは中村さんに成長してほしいからということを覚えておいてほしい。

 

でね。

もし中村さんが一人前のコンサルになったら、何か俺に恩返ししようとなんて思わないでほしいんだ。

それよりも、次の世代が中村さんにお世話になることがあったら、この経験を思い出してその人達を全力でサポートしてあげてほしい。

「恩返し」じゃなくて「恩送り」ね。

じゃないと業界全体がどんどん落ちていくだろうし、若い子がいつまでも育たないからさ。

頼むね!』

 

このオーナーさんとは今でもお付き合いがあります。

実際、僕のコンサルの知識や経験はこのオーナーがいなかったら身につかなかったかもしれません。

そして、この時、初めて「恩送り」という言葉を知りました。

以降、私の中で「恩送り」というのが生きるテーマになり、このドリームサクセスを立ち上げたときにもキャッチフレーズに『次世代への恩送り』という言葉をつけるようになったんです。

倒産率の高い日本の社会構造を変える!

私には夢があります。

1つは、

『倒産率の高い日本の社会構造を変える』

2つ目が、

『次世代への恩送りをする』

 

私は店舗ビジネスにおけるこの倒産率の高い社会構造を本気で変えようと思っています。

多くの人が喜ぶサービスや商品のアイデアや技術を持っていても、この社会構造が壁となりそれを具現化できない人はたくさんいます。

もっと社会全体で独立開業する人をサポートする体制が整っていれば夢を実現することができる、そして最短ルートで成功することができる。

 

私の目標は、

『店舗ビジネスを新規開業した会社(個人事業主も含む)すべてが5年後も事業を継続していることが当たり前の社会を創る』

こと。

 

日本の現状は、店舗の5年後生存率は約20%です。

この数字を100%まで引き上げるべく、起業時から事業を成長させる過程まですべてを影から支えるプラットフォームとしてドリームサクセスを立ち上げ、「ゼロ円起業」というサービスをリリースしました。

その実現こそが、あの時の美容室オーナーが言っていた「次世代への恩送り」になるとも思うんです。

幸運にも良縁に恵まれて、多くの方に賛同していただき、ゼロ円起業のプラットフォームは日々進化しています。

ドリームサクセスは、店舗ビジネスで新規開業した会社(個人事業主も含む)すべてが5年後も事業を継続していることが当たり前の社会を創り上げるまで前に進み続けます。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

2019年3月
株式会社ドリームサクセス
代表取締役 中村 裕昭